2019年04月13日の段

便宜上、「隣の支社の副社長」と呼ぶ。

年相応に古めかしく生真面目な人で、自社ブログの更新や庭園の手入れなど真面目に行ってくれていた。
このたび定年を迎え退職された。

よくある話で、自宅はすぐ近くで今も歩いて会社にやってきては庭園の手入れだけはやってくれているらしい。
いっぽうで、当然社内のPCには触れなくなったことからブログの更新はすっかり止まってしまった。
どうも引き継いだ従業員もいないようである。
こういう状況になってみると、情報発信というのは意味を成しているのだと再確認させられる。

こちらの支社ブログはというと、継続はしているものの、どこか味気ない。
というか、写真がボケていて色合いもなんかおかしい。
ブログサイトがアップロード時にクォリティを下げているにしては度が過ぎている。
おそらく会社所有の古めかしいコンデジで撮影していて、おおかた設定をいじり倒してしまっているのであろう。

それでも、やってるだけマシなのかもしれない。

2019年03月28日の段

便宜上、「産業医の先生」と呼ぶ。

ちっちゃくて、時々どんくさくて、食べ物に妙な好き嫌いがある。
見ていて飽きることのない人だった。

その先生が異動してしまうという事実が今日の朝になって知らされ、
送別会が営まれ、
会の終了とともに即旅立たれてしまった。
なんだかワケが分からなかった。

立場上、職場全体の人事異動を聞かせてもらえることはない。
自ら望めば聞けないこともないのだが、このような形で突然お別れというのも、辛くなくていいのかもしれない。

どうせ来週は新しい人たちがやってきて慌ただしくなる。

2019年03月21日の段

今年度のどこかのタイミングで、どこの病院だったかも忘れたが、通路の壁に貼ってあるポスターで
「救急車をタクシー代わりにしないで」
的メッセージを目にしたと思う。
むろん、今となっては陳腐とも言われかねない使い古されたメッセージである。

しかし、この年始に母が入院した際にこのメッセージについていささか考えさせられてしまった。

救急車を呼びたいという気持ちと、このメッセージが胸につっかえてまごまごしている気持ち。
これらが拮抗する時間の積み重ねの末に家族を死なせたとなれば、こちらの頭がどうにかなってしまいそうである。

このメッセージを強く発信したいのであれば、逆に救急車を呼んでいいと言えるきわめて簡素な基準が必要なはずである。
それはまさに、素人がいくつものチェック項目に答えるようなものであってはならない。
そんなことをしている間に患者が死ぬかもしれないのである。
Q助という判断アプリがある。
アプリをちんたら触っている間に家族が死んでしまったとしたら、その光景がいかに滑稽であるかをアプリ開発者は想像したのだろうか。

「目の前で膝をついてロクに会話もできない」
判断基準など、この程度でいいのではないだろうか。

2019年03月10日の段

電撃大王を立ち読みする。
といっても「やがて君になる」にしか用がない。
7巻の発売告知が出ていたが、哀しいかな7巻ではさほどお話が動かないことがほぼ確定している。

一方、今月号ではお話が大きく動く直前まで進み、心がざわざわとさせられた。
アニメは少し不本意な終わり方をしたが、やはりこの作品が好きであることを再確認できた。
7巻も早々に予約してしまおう。

日ごろ貧しい貧しいと言っているたにぐちだが、好きなものには金をかけねばという部分はまだ残っている。
ここは変わってはいけないところなんだろう。

2019年03月06日の段

深夜、外からなにか聞こえる気がして窓を開けたら、カエルが鳴いていた。
風もさほど冷たくない。
もうそんな季節か。
カエルは眠ったりしないのだろうか。

そういえば中学生くらいのころ、深夜バラエティで魚が眠るところをやっていた気がする。
その時分というと、どこの放送局も放送終了というものがあった時代なので、いくら深夜といってもせいぜい25時くらいであろう。
しかし、肝心の部分のところで眠ってしまった。

あのころの、肝心なところで眠ってしまったり、記憶が飛んでいたりする現象。
こういうことは誰にでもあるのだろうか、それとも自分がどこかおかしいのだろうか。


名前:たにさん or たにぐちさん
職業:むかし、元オタク
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