うたのおじさん!?

学生時代、大変お世話になった先生の日記に目を通す。
世間には栗畑なるものがあることを知る。
リンゴや桃とように、栗を栽培している畑であろうと思われる。
元来、栗というものは足場の悪い山中で採集するものとばかり思っていたので、新鮮な驚きを得られた。

ところで、栗といえば童謡の「大きな栗の木の下で」である。
この歌詞に登場する、「あなたとわたし」。
これが男女、男男、女女、いずれの組み合わせであるかは不明である。
ともあれ、なかよく遊ぶ大きな栗の木が足場の悪い山中であるとは、やや考えづらい。
もしやあの歌に登場する栗の木は栽培された木だった、ということはないだろうか。

というようなことを、あのわずかな歌詞から想像してみると、なかなかに面白い。
Wikipediaによると、歌詞を作ったのはNHKテレビ「うたのおじさん」友竹正則さんだという。

うたのおじさん!?

あまりに必要な情報にたどり着けないとき

結構何年も同じことを言ってる気がする。
Perlで正規表現のパターンを記述するときに、エスケープすべき文字に関する明確な情報が見当たらない。
パターン文字列はスラッシュで囲うので、スラッシュそのものはエスケープするしかないよね、とか
セミコロンは命令文の終わりになってしまうからまずいんだろうね、とか
いつも推測でエスケープし、テストしてOKとしている節が相当にある。

が、ちゃんとした情報が欲しいという想いは確実にある。
なのに、どうもその確かな情報にどうしてもたどり着けない。

あまりに必要な情報にたどり着けないとき、たにぐちはこう考えてしまう。
「こんなことで悩んでいる自分が世の中とズレている」

世の中どころか、世界(宇宙とか精神的なものを含む)とか時系列全体がズレているのではないか。

客観的にも分かりづらい手段でより痛めつける

周囲に既婚者が増え、子を成し、転じて医者の話題を多く見かけるようになる。
医者の話題ついでにたにぐちさんが日ごろ感じていることを1つ記述しておきたい。

たにぐちさんの思考回路がどのようにそこに行きついたかは自分でも不明であるが、達観というか原理原則に気づくことがあった。
医者というのは、「発した苦しみを早急に治す手助けをする」人々なのであろう。
この言葉を裏を返してみるまで、その重みに気づかない。
裏を返すというのは
「長年放ったらかしの苦しみの、手助けなどできない」
ということである。

医師の皆様に失礼だが、PC修理のお仕事もそうである。
つい最近起きた現象、目で見て明らかな現象ほど対処がしやすいものである。

「明らかに自分の体を長年にわたって大事にしてこなかった」
のが見て取れる患者がいたとする。
これを客観的にも分かりづらい手段でより痛めつける医師が、確実に相当数、実在していると思う。
顔が「天罰だ」と言っている。
患者さんの中には断腸の想いで勇気のあらんかぎりを振り絞って長年の悩みを打ち明けに来た人もいよう。
いままさに苦しんでいること自体が天罰であると自覚しつつも、どんなことでもいい、光明を授けてくれるのではないかとやってきた患者を全面的に叩き潰すのである。

たしかに自分ごときが医師の立場に立ってみれば、長年放ったらかしの苦しみを、やはり長年かけてでも治してやれる自信など持てないだろう。
長年コストを支払い、薬を飲み続け、やはりよくならなかったら訴訟にもなりかねない。
そんなのは確かに御免だろうよ。
しかしそれをも覚え書きなどをもって合意を取り、ダメ元の精神ながら根拠をもって微力を尽くすと言ってくれる医師がいたとすれば。
それこそ神々しく見えることだろう。

水の人が仲間になったいきさつ

朝早くから名古屋に出て、古い友人、ひでりん兄や氏とともに
劇場版アクセル・ワールドを見る。

以下、感想。

・TV放送版の振り返りが異様に長い。
・仲間じゃなかった人がたくさん仲間になってて一瞬だけ唖然とする。
・が、やはりそれも一瞬で、年の功により脳が補完する。
・が、水の人の存在感があまりに大きく、彼女が仲間になったいきさつだけはどうしても気になる。
・体操の娘が失敗してヘコんで事件が起きるんだけども、その失敗はただの「設備の老朽化」だよね。
・内容は茶番だが、体操の娘の作画ですべて許される。

以後、お昼は「しゃぶしゃぶ」食べ放題の店へ。

海も山もある町に住むたにぐち、なぜか海を見たいと言い出す。
うだるような暑さの中で「海はいいよな大神」的な雰囲気に浸りつつ
常滑は「かねふく めんたいパーク」へ。
プロジェクトX風の動画にあっけにとられつつ、明太ソフトを舐める。
なぜか異様な喉の渇きにさいなまれ、店外の自販機でごく普通のジュースに救われる。
そして解散。

この日帰り名古屋ツアーはコストパフォーマンスはあまりよくないが、なんだかいい。
次回、新海誠監督の新作「君の名は。」を見にこよう。

何もかもが輝いて見えた時代

現代でいうところの「~に歌詞をつけてみた」みたいな文化がある。
たにぐちさんは、あの表現が好きくない。
歌詞をつけた?おおいに結構じゃないか。
「~に歌詞をつけたから聞いてくれ」
くらいの勢いで向かって来いよ、と思っている。

それはさておき、テレビでゴジラが放送されているのを眺めつつ、
はるか昔、「ゴジラ」のメインテーマに見事な歌詞をつけた歌があったことを思い出す。
「ゴジラ、ゴジラ、ゴジラとメカゴジラ」
みたいな歌詞であったと記憶している。
恐らくは電子ネットワークとは無縁のものだった。
あれは一体誰が作り、どうやって世の中に広まっていったのだろう。

名前:たにさん or たにぐちさん
職業:むかし、元オタク
  • アーカイブ

  • 最近の投稿

  • 最近のコメント

  • イマ☆ドキ地味なアクセス件数